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東京地方裁判所 昭和31年(特わ)276号 決定 1965年2月02日

被告人 堀口秀真

決  定

(被告人氏名略)

右の者に対する商法違反被告事件につき、検察官が昭和四〇年一月二七日の公判で行なつた主文掲記各調書の証拠調請求に対し、弁護人の意見を聴いたうえ、次のとおり決定する。

主文

被告人堀口秀真の司法警察員押木国治に対する昭和三一年一二月一九日付、同月二〇日付、同月二六日付、昭和三二年一月二八日付の各供述調書は、いずれもこれを証拠として採用する。

理由

一、検察官は、昭和四〇年一月二七日の公判において、主文掲記の各調書を刑事訴訟法三二二条一項の書面として、その証拠調を請求した。

二、弁護人は、これに対する意見として次のとおり主張した。

(1)  右各調書は、いずれも捜査官の控え用に作成されたものであつて原本ではなく、原本といわるべきものは既に紛失してしまつている。被疑者等の供述調書の原本は本来一通に限らるべきものであり、控え用に作成されたものを原本として証拠調の請求をすることはできない。

(2)  右各調書は、いずれも作成者たる司法警察員押木国治の押印、契印、訂正認印を欠いており、刑事訴訟規則五八条、五九条に違反するもので供述調書としての効力を有しない。

(3)  検察官は、被告人の検察官に対する供述調書の取調を請求せず、司法警察員に対する右各供述調書のみを請求するが、これでは被告人にとつて有利な証拠は隠され、不利な証拠のみを請求されるというおそれをまねく。従つて、このような一方のみの請求は不当である。

三、そこでまず、被疑者等の捜査官による供述録取書の原本は本来一通に限らるべきであり、控え用に作成されたものを原本として証拠調の請求をすることはできないとの弁護人の主張について判断する。

刑事訴訟法は、捜査官が被疑者等を取調べた場合、その供述を録取しうることを定めているにとどまり(一九八条三項、二二三条二項)これを録取する場合に作成すべき調書の部数についてはなんら規定していない。弁護人の右主張は、刑事訴訟法上の書類は刑事訴訟規則七三条(勾引状)、一四六条(逮捕状)のように明文のある場合にのみこれを数通作成することができるとの見解に基づくものと思われるが、勾引状や逮捕状という、強制力により個人の自由を奪う裁判書についてすら必要により数通作成できることを明示している刑事訴訟法は、むしろその他の書類でもその本質に反しない限り、必要に応じ数通作成できることを認めているものと解される。そして被疑者等の捜査官による供述録取書は、被疑者等が捜査官に対してなした供述内容を証明するために作成されるものであつて、原本を一通に限るという本質をもつものではなく、作成のときにおいて予想される具体的な用途の必要性に応じて二通以上作成されることはなんらさしつかえない。

また、作成時の使用目的と、その原本であるか否かは別個の問題であつて、たとえ捜査官の控え用に作成されたものであつても、そのこと自体は当該調書の原本であることを妨げるものではない。

従つて、弁護人の右主張は失当である。

四、次に、それでは主文掲記の各調書が被告人堀口秀真の司法警察員押木国治に対する供述調書として有効か否かについて検討する。

右各調書は、供述者たる被告人堀口秀真の署名と押印または指印を具備し、また作成者たる司法警察員押木国治の署名を具備しているが、押木国治の署名下に同人の押印を欠き、更に契印、訂正認印を欠いている。従つて、右各調書は公務員の作るべき書類の方式を規定した刑事訴訟規則五八条、五九条に違反している。

しかし、右各規則は、その所定法式に違反した書類を無効とするかどうかについてまでは別に規定しておらず、また先に述べた刑事訴訟法一九八条も作成者の署名押印についてなんら触れていない。従つてその有効無効は、右規則違反の程度、当該書類の性質その他各場合の状況により裁判所の自由な判断をもつて決すべきものと解される。

右各規則は、作成者たる公務員の署名押印、契印、訂正認印を要求しているが、その趣旨とするところは、当該文書が作成者たる公務員により真正に作成されたものであることが、その文書自体に表示されていることを要求しているものと解される。そして、その署名押印がはたして真実なものであるかどうかは他の資料によつて判断してさしつかえない。

本件各調書には、作成者司法警察員押木国治の署名が存し、右署名は同人の当公判廷における証言及び宣誓書の署名からして、真実のものと認められ、調書本文及び訂正の表示も右署名の筆跡と同一のものと認められる。また調書本文のつながりも、文脈からして連続性が認められる。そうだとすれば、右各調書が作成名義人たる司法警察員押木国治によつて真正に作成されたことを認めるに充分であり、前記方式上の瑕疵は右各調書を無効にするものではないと解すべきである。

五、また、弁護人は、検察官が検察官作成の供述調書の証拠調請求をしないから、本件請求は不当であると主張するが、検察官が検察官作成にかかる被告人の供述調書の取調を請求するか否かは、検察官の自由な判断に基づいてなさるべきことで、本件請求になんら影響を与えるものではない。

六、以上のように、弁護人の主張はいずれも失当といわなければならず、また右各調書は刑事訴訟法三二二条の要件を具備していると認められるので、主文のとおり決定する。

(裁判官 江碕太郎 片岡聡 泉徳治)

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